膀胱がん

膀胱がん

l. 膀胱癌とは

膀胱は腎臓から送られてくる尿を貯める袋状の臓器であり、 蓄尿や排尿の機能を有しています。
内側から粘膜、筋層、しょう膜の3層構造をしていますが、 膀胱に発生するがんの90%は粘膜(移行上皮と呼ばれる) から発生する移行上皮癌です。
原因物質は動物実験などではかなりの数の発ガン物質がわかっています。 ヒトに発生する膀胱癌の原因は化学薬品や煙草と考えらていますが 因果関係を証明するのは困難です。
疫学調査では現在、最も原因として有力なのが煙草であり、 男性の50%,女性の30%は煙草が原因とする報告もあります。
60歳以上に多く、また男性に多く(3:1)発生します。

ll. 膀胱癌の症状

初発症状としては80%以上は無症候性肉眼的血尿です。 (前駆症状なく突然、尿が真っ赤になります。)
こわいのは、いったん消えることです。 次に血尿がでるのが2-3ヵ月後のこともあり、其の時には既に進行していることもあります。
他に頻尿、排尿痛などの症状が出ることもあります。 検診の尿潜血でみつかることもあります。

lll. 膀胱癌の診断

一般の泌尿器科外来に血尿で来院された患者さんは 尿検査(一般尿と尿細胞診)、腹部エコー(膀胱尿貯留時)を行い、 確定診断は膀胱鏡で行います。(写真)
膀胱鏡でほとんどの膀胱癌は診断できますが、上皮内癌という 粘膜に発生して腫瘤を作らないタイプや一部の慢性炎症性変化では困難です。
膀胱癌の最終診断は病理診断ということになります。
他の検査として重要なのは病期診断に使用されるCTとMRI(写真)です。
また、膀胱癌(移行上皮癌)では同じ移行上皮が存在する腎盂や尿管に発生する 腎盂尿管癌が併発していることもありますので尿路造影も施行しておきます。

lV. 膀胱癌の病期(ステージ)と悪性度(グレード)

膀胱癌の病期(ステージ)
膀胱癌の診断がついた場合、次に重要な病期診断があります。
病期診断とは癌が粘膜にとどまっているのか、筋層まで浸潤して いるのか、あるいはすでに転移をおこしているのか、など癌の進行の 度合いを診断することです。治療を決める上で必要です。
すべての固形癌では国際的な決め事としてのTNM分類があります。
すなわち、T(原発腫瘍の壁内進達度)、N(所属リンパ節転移の有無と 程度)、M(遠隔転移の有無と程度)です。内視鏡所見やCT,MRIなどで診断します。

T-原発腫瘍の壁内進達度

Tx 原発腫瘍が評価されていないとき
T0 腫瘍なし
Tis 上皮内癌(CIS)
Ta 癌が粘膜内にとどまる
T1 癌が粘膜下結合組織まで浸潤
T2 筋層浸潤があるもの

T2a 筋層の半ばまでの浸潤
T2b 筋層の半ばをこえるもの

T3 膀胱周囲脂肪組織への浸潤があるもの

T3a 顕微鏡的浸潤
T3b 肉眼的浸潤

T4 腫瘍が周囲臓器に浸潤するもの

T4a 前立腺、子宮あるいは膣への浸潤
T4b 骨盤壁あるいは腹壁への浸潤

N-所属リンパ節転移

Nx 所属リンパ節が評価されていないとき
N0 所属リンパ節転移なし
N1 2cm以下の一個の転移をみとめる
N2 2cmを超え5cmまでの一個の転移、あるいは5cm以下の多数個の転移
N3 5cm以上の転移

M- 遠隔転移

Mx 遠隔転移の有無不詳

M0 遠隔転移なし
M1 遠隔転移あり

遠隔転移部位としては肺、骨、肝、脳、皮膚などがあります。

膀胱癌の悪性度(グレード)
これは病理組織学的な分類でグレード1から3までの3段階に分類されます。
グレード1はもっとも良性に近く、浸潤や転移を起こすことは極めてまれですが TUR(後述)後の再発率は約50%と高く、再発を繰り返すうちに悪性度が 高くなることも10%程度あります。
これに対してグレード3は極めて悪性で早期に浸潤、転移を起こしますし、 膀胱内再発も多い手強い癌です。グレード2はこの中間です。
治療法の選択にはこの病期と悪性度が重要ですが、患者さんの年齢、全身状態、日常生活の質、人生観などを考慮して相談の上で決定します。

V. 膀胱癌の治療

膀胱癌の治療は手術療法、放射線療法、化学療法、免疫療法がありますが手術療法が主体です。
膀胱癌が膀胱鏡で発見された場合、主治医はまずTUR-BT(経尿道的膀胱腫瘍切除術)を勧めることが多いです。
この手術の目的は第一段階の治療であり、病理診断のための生検の意味も含まれます。

手術療法

1. TUR-BT(経尿道的膀胱腫瘍切除術)
表在性の膀胱癌(Ta,T1)ではこの手術で80%は切除可能です。
但し、50%の再発率です。普通は腰椎麻酔で行う30-60分程度の手術です。
開腹はせずに尿道から切除鏡という特殊な内視鏡を挿入して還流液を膀胱内に 流しながら先端についたループ状の電気メスで腫瘍を切除してゆきます。
合併症としては膀胱穿孔、術後出血、尿路感染、尿道狭窄などがあります。

2. 膀胱全摘除術(+骨盤内リンパ節廓清術+尿路変更術)
膀胱癌が筋層まで、あるいは筋層を越えて浸潤している場合や 粘膜下までの浸潤でもグレードの高い癌(T1G3癌)の場合は 生命予後をもっとも重視する場合は膀胱全摘除術が適応になることが多いです。
同時に尿道摘除術+骨盤内のリンパ節廓清術と各種の尿路変更術を行います。
全身麻酔で6-10時間くらいかかる大きな手術ですので80歳以上の人にはあまり行いません。
この手術に伴う手術死亡率(術後1ヶ月以内の手術の合併症に伴う死亡)は1-2%です。
現在主に行われている尿路変更術は以下の通りです。

回腸導管造設術
小腸(回腸)の一部(15-20cm)を血行を保ったまま遊離して両側の尿管を植え込む方法です。
回腸は一方は閉じますが、もう一方を皮膚に出してストマとします。
ここから尿がいつも出てくる状態になりますので尿をためる集尿袋が必要になります。
50年以上前から行われていて現在でも本邦では最もよく行われています。

自排尿式回腸新膀胱造設術
最近、開発された方法で比較的若い男性で尿道が温存できる患者さんに行います。
回腸を約60cm遊離して切り開いて袋状に縫い直します。(人工膀胱)
ここに両側尿管を植え込んで尿道につなぐ方法で、ストマを必要としないのが最大の利点です。
患者さんは自力排尿も可能ですが、間歇的自己導尿が必要になる事もあります。

尿管皮膚ろう術
両側の尿管を直接皮膚に出してストマを作る方法です。
方法は最も簡単ですがストマ狭窄が高率におこりますので、管を挿入する(永久的に)場合もあります。
1-3月に一回の管の交換が必要になります
尿路変更術に関してはそれぞれの方法に利点、欠点がありますので 膀胱癌の状況や体力、合併症などを考慮しますが、患者さん本人が 十分に医師の説明を受けた上で、術後の生活のイメージを考えて、 決めることをお勧めします。

放射線療法

膀胱癌には放射線療法が適応になる場合があります。
浸潤性の膀胱癌で膀胱全摘除術が難しい高齢者や 合併症のある患者さんや膀胱温存療法を希望される場合に使用されます。
直径が2cm以内の浅い筋層までの浸潤癌であれば放射線療法中心の 膀胱温存療法が可能な場合もありますが、再発の可能性は高く、 萎縮膀胱や放射線性膀胱炎による血尿などの合併症もあります。
5年生存でも10年までに癌死する患者さんもいらっしゃいます。

化学療法

転移のある膀胱癌や浸潤性膀胱癌で膀胱全摘除術施行前後の抗癌剤による 化学療法は一般的に行われています。
現在、もっとも使用されている保険適応のある治療はMVAC療法という 4種類の抗癌剤(アドリアマイシン、ビンブラスチン、メソトレキセート、シスプラチン)を使用し、 入院治療で1コースで約1ヶ月かかる方法です。
白血球減少、血小板減少、悪心、嘔吐、脱毛などの副作用がありますが、 最近は副作用を軽減する治療も発達しています。
化学療法に伴う合併症による死亡は1%前後あります。
また、現在本邦では保険適応外ですがタキソール、ジェムザールなどの 新規抗癌剤の効果もわかってきており、近々使用できるようになります。
化学療法のうち静脈注射ではなく、経口剤(5FUDR,UFTなど)による治療も 日本では保険適用の治療として行われています。
理論的には一定の効果があるはずですが、エビデンスは殆どありません。
主治医とよく相談して下さい。

膀胱内注入療法(BCGや各種抗癌剤)

膀胱癌の中で上皮内癌(CIS)という粘膜に留まる癌の治療や、 表在性でも頻回に再発する癌やT1G3癌のTUR後の再発予防に BCGや各種の抗癌剤を膀胱内に直接注入する方法があります。
既に世界中でよく使用されていますが頻尿、排尿痛などの副作用もあります。

その他の治療

膀胱温存療法
粘膜下までの浸潤でグレードの高い場合(T1G3)や 筋層浸潤膀胱癌(T2以上)の患者さんで比較的小さい (直径が2cm以下)腫瘍、高齢や合併症などで膀胱全 摘除術が出来ない場合や患者さんの希望によって手術療法、 放射線療法、化学療法を組み合わせて膀胱を温存して治療する方法で、 最近増えていますが、長期予後は不明です。 5年生存率で膀胱全摘除術と比較して20%くらい不良という報告もあります。

T1G3癌の場合
a. TUR-BTを2回繰り返す方法
b. TUR-BT+BCG注入療法
c. TUR-BT+抗癌剤注入療法
d. TUR-BT+放射線療法
e. TUR-BT+全身化学療法(経口か静脈注射)

T2以上の場合
a. TUR-BT+放射線療法
b. TUR-BT+放射線療法+化学療法(全身 and/or動注)
c. TUR-BT+化学療法(全身 and/or動注)

膀胱温存療法は各地の地域がん連携拠点病院や大学病院などでそれぞれの施設による方法で独自に行われています。
各病院のHPなどで確認して相談されるといいと思います。

Vl. 当科での治療成績

膀胱全摘除術後の癌特異的生存率(癌で亡くならない率)(104例)
pTは病理学的病期による癌特異的生存率
cTは臨床病期による癌特異的生存率